ちくしじ 第五回 おたすけと「心定め」

おたすけの現場では、困窮、病気、DV、ひきこもりなど、辛い現状を見る事があります。その度に私は、豊かな社会でもすぐそばに困窮の現場があるのだなぁと、複雑な気持ちになります。

困窮している方の話を深く聞いていくと、その多くが幼少時代に親からDV・ネグレクトを受けていたり、親のギャンブルやアルコール依存による生活困窮がある。

そうした環境で育った子供はそれしか知らないので、大人になった時、自分もアルコール依存になったり、DVをしてしまう。

因縁の連鎖のようなものが、確かに存在しているのです。

私がおたすけをしているA君も、そうした1人です。

彼の親はアルコール・ギャンブル依存であり、彼は幼少期からDVを受け、食べ物もないような暮らしをしてきました。

いつしか自らも問題行動を起こすようになり、医者からは統合失調症と判断されました。

これは彼の気質ではなく、育った環境が原因となり、満足に成長できていないのではないかと私は感じています。

彼はよく「自殺したい」と言います。

生きていても辛いばかりで いい事がない。自分の思う通りにならないし、人間関係が分からない。人から悪く言われるばかりだと。

そしてその現実から逃げるために妄想が肥大して、また問題を起こしてしまう。その繰り返しです。

私は、いっそ自殺した方が楽なのでは、という彼の意見を聴きながら毎回、彼の人生では、そう考えるように育ってもおかしくないなぁ、と感じます。

そもそも生き方が分からないから、ちょっとした事で腹を立てて飛び出したり、欲望に負けて借金を作る。悪く言われるから、人が信用できず、孤立してしまう。だから目標も定まらないし、そこに向かって努力を積み重ねる事もできない。

世間ではそれを「怠けてるだけ」とか、「努力が足らない」といいますが、言葉では言い表せないような、ふかーい孤独が、そこにはあると感じます。

私はなるべく、彼を元気づけようとします。

「自分一人で生きているのではなく、様々な人とつながり合って生きているんだよ。あなたが死んでしまったら、私は悲しいよ。私のために生きて欲しいと思っているよ」

なかなか伝わりませんが、根気よく伝えて行かなければなりません。

そうして困窮している方のおたすけを続けるうちに、こう思うようになりました。

彼らは、心が定まっていないから苦しい。ならば、「心定め」ができれば、人生が楽になるのではないか?

私たち社会で暮らす人間には、明確な目標があります。それは「幸せになるために、努力をしよう」という事です。だから毎日働いたり勉強したり、人と関わったりすることができる。

そうした目標がなく、働くこともめんどくさい、人と関わりたくない、とやっていくと、人生はどんどん悪くなって行く。

そうした中で、「心定め」という言葉が、私の中に浮かぶようになりました。

心定めとは、狭い意味では、数日や数年と時間を仕切って、定めた行動を起こすという意味で使われています。

けれども大きな視野で見ると、その人の信念や考え方、生き様も、「心が定まる」という言葉に含まれるのではないでしょうか。

そう考えると、我々はかしものかりものの教理を元に、日々のおつとめを通して心を清め、感謝をする。ご恩返しのために、ひのきしんを行い、人を助ける。

そうして長年信仰を続けていくうちに、いつの間にか「人に喜んでもらいたい」「苦労を厭わず行動しよう」という明確な目標ができ、心が定まっていくのが、この信仰のありがたい部分ではないでしょうか。

『さあさあ月日がありてこの世界あり、世界ありてそれぞれあり、それぞれありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで』
(明治二十年一月十三日)

我々は、沢山の制約の中に生きています。この宇宙の中では、物理法則の制約から逃れる事が出来ません。社会生活を営む上では、法律からも逃れる事ができません。

しかし、「律ありても心定めが第一」である、と教えて頂くのです。

それはつまり、心を定め、行動を重ねる事によって、法律や物理法則を超えた、不思議な結果がもたらされるという事です。

「人間というものは、身はかりもの、心一つが我がのもの。たった一つの心より、どんな理も日々にちにち出る」(おさしづ 明治22年2月14日)

心が定まる事で、毎日の在り方が変わって行きます。定まった心を持って、迷いなく進んで行く所に、想像もつかないような力が出てくる。ありがたい、陽気な姿が現れてくる。

心が変わり、言葉が変わり、行動が変わる。生活が変わり、出会う人が変わり、結果が変わってくる。こうして人生を切り替えて行くところに、お道の素晴らしさがあるのだと思います。

私はおたすけを通して、こうした「心定め」を伝えて行く努力が必要だと感じています。

悩んでいる方にお話、おさづけ、お願いづとめなどを根気よく繰り返す中で、悩んでいる方の雰囲気が段々よくなるように感じています。助かった、ありがたいと言ってくれる方も増えて来たように感じます。

これからも、まずはよふぼくである自らが「心を定めて」、目標を持って、行動を起こして行くこと。

そして、そのにをいを人に伝えていく。人に伝わって行く。そういう流れが必要だと感じています。

A君との付き合いも、1年半ほどになりました。まだまだ問題はありますが、長い目で見れば、出会った時とは全然違う。良くなっている。彼の人生に少しでも貢献できている。そう信じて、おたすけを続けて行きたいと思います。

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